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会社概要 [編集]
テレビ東京のデータ
英名 TV TOKYO Corporation
放送対象地域
* 関東広域圏
(東京都・茨城県・栃木県・
群馬県・埼玉県・
千葉県・神奈川県)
ニュース系列 TXN
番組供給系列 TXN
略称 TX
愛称 TX、テレ東、12チャンネル
呼出符号 JOTX-(D)TV
呼出名称 テレビとうきょう
(デジタルテレビジョン)
開局日 1964年4月12日
本社 〒105-8012
東京都港区虎ノ門四丁目3番12号
演奏所 スタジオを参照
アナログ親局 東京 12ch
ガイドチャンネル 12ch
リモコンキーID 7
デジタル親局 東京 23ch
主なアナログ中継局 アナログ中継局参照
主なデジタル中継局 デジタル中継局参照
公式サイト 公式サイト
特記事項:
1964年4月12日 - 1973年9月30日までは
財団法人日本科学技術振興財団が運営。
表・話・編・歴
社名
* 和文社名 - 株式会社テレビ東京
* 英文社名 - TV TOKYO Corporation
代表取締役社長
* 島田昌幸
本社・支社所在地
* 本社:東京都港区虎ノ門四丁目3番12号 - 社屋の正式名称は「日経電波会館」。1985年12月12日に移転し、運用開始。
* 関西支社:大阪府大阪市北区堂島浜一丁目4番16号 アクア堂島NBFタワー西館
* 名古屋支社:愛知県名古屋市中区栄三丁目7番9号 新鏡栄ビル
* 海外支局:ニューヨーク・ワシントン・ロンドン・モスクワ・香港・ソウル・北京・上海
略史 [編集]
財団法人日本科学技術振興財団(以下「財団」)テレビ事業本部の番組制作を目的として設立された「株式会社東京12チャンネルプロダクション」(以下「東京12チャンネルプロダクション」)が、同財団から放送事業を譲り受けて発足したものである。
テレビ東京の親局チャンネルである12chは、かつて在日米軍が使用していたチャンネルで、在日米軍より返還してもらい、新規テレビ局チャンネルとして開局したといわれている。
先に開局した教育番組専門局である日本教育テレビ(NET。現:テレビ朝日)と異なり、旧東京12チャンネルは1964年に財団が母体となって設立された科学技術学園工業高等学校(現・科学技術学園高等学校)の授業放送をメインとして行う教育専門局(科学テレビ)として開局し、民放ながら広告を流さない放送局として運営された。
しかし、それがゆえに慢性的な赤字を抱えたため、1966年4月から規模を大幅に縮小すると共に放送時間も午前10時-11時30分の1時間半とゴールデンタイムと呼ばれる夕方5時 - 夜9時の4時間の計5時間半(日曜日は後者の4時間)のみに短縮された。その後、「科学テレビ協力会」を母体とした「東京12チャンネルプロダクション」が設立され、1967年に日中と深夜の放送を再開した。
この時、水面下では「財団のテレビ部門をNHKに譲渡する」「毎日放送が東京12チャンネルプロダクションを買収する」といった話が進められていたといわれるが、共に頓挫した。結局、1969年12月に再三にわたる財界からの要請を受ける形で日本経済新聞社(日経)が、東京12チャンネルプロダクションの経営に乗り出した(郵政省に「12chを日経か中日新聞社に譲れ」といわれていた朝日新聞社もこの動きに同調した)。
当時日経は日本教育テレビにも出資していたが、この時にこの出資分を朝日新聞社が買い取り、日経はその売却益を利用して東京12チャンネルプロダクションに出資するという形態を取った。なお、テレビ東京とその系列局はその後も「ホロニックパス」「テクノピア」「パソコンサンデー」など、優れた科学技術番組を輩出している。
1973年10月1日に東京12チャンネルプロダクションの商号を変更した株式会社東京12チャンネルが放送事業を譲り受け、翌11月1日に総合放送局に移行した(移行前日の10月31日の放送終了時にテロップが表示された)。
この後、他のキー局のように地方系列局を持っていないハンディを克服するため、近畿・中京圏の独立UHF放送局への番組販売を展開するようになる。主な対象局は兵庫県のサンテレビ、滋賀県のびわ湖放送、京都府の近畿放送(現:京都放送、KBS京都)、岐阜県の岐阜放送など。
なお、1969年10月から1975年3月までは大阪の毎日放送と(その名残りで2008年現在でも同局が大株主に名を連ねている)、テレビ愛知が開局する1983年8月までは中京テレビとも提携関係にあった(日経が中京テレビに出資していたため)。また、関西地区ではその後もテレビ大阪が開局する1982年3月まで在阪準キー各局が番販購入の形で東京12チャンネルの番組をネットしていたこともある。
東京12チャンネル時代は、他局が午前6時台から放送開始しているなか、番組ソフトが不足していたこともあり、開局当初から1974年頃までは午前10時前(その後1977年9月頃までは9時からに繰り上げ)からと比較的遅い時間から放送開始していた。そのため、一部の新聞のテレビ欄では午前中の部分を広告欄に差し替えていた(1966年の放送時間縮小時はハーフまたはそれに準じるサイズに縮小されていた)。
1983年にテレビ大阪およびテレビ愛知による「メガTONネットワーク」(メガTONとは「東京」の「T」、「大阪」の「O」、名古屋の「N」を意味している)を形成した。そして1989年より名称をTXNに改めた。なお、この年にテレビ北海道が開局し、1991年にTXN九州(後のTVQ九州放送)が開局する。「北海道」の「H」や「札幌」の「S」、「福岡」の「F」、九州の「K」では合わないためにテレビ東京のコールサイン「JOTX」から取ってこの名称とした。現在では全国6局の系列局とネットワークを形成している。6局で日本の総世帯数の約7割(13都道府県とその周辺地域)をカバーしている。ただ、テレビ大阪とテレビ愛知は府・県域局のため、在阪・在名の広域4局ずつと比較して親局の出力も低く抑えられており、かつ視聴可能エリアが狭いほか、テレビ北海道・テレビせとうち・TVQでは放送エリア内でも一部で難視聴や受信不可能な地域がある。
また、独立UHF放送局を始めとする系列外の放送局への番組販売も行われているが、最近ではケーブルテレビ局でのTXN系区域外再送信の増加やBSジャパンの開局により番販取り引きが減少傾向である。
このため、番販取り引きを少しでも増やそうとTXN系列局がテレビ愛知から再送信同意が出されている岐阜・三重両県およびTVQ九州放送から再送信同意が出されている佐賀県を除いた31府県(今後の展開次第では26県に)のケーブルテレビ局に対して区域外再送信を許可しないケースも出て来ている。
しかし、日本シリーズなどの生放送番組は番販購入している系列外で生放送をネットできず、放送されなかったり、あるいは録画放送となるが、日本シリーズの場合はNHK-BS1でも同時中継されており、地上波で生中継を視聴できない地域にも配慮されている。また、ケーブルテレビ局が直接TXN系列の番組を購入し、自主放送チャンネルで番組を流している場合もあるが、こういったケースは極めて稀である。
1991年4月にTXN九州(現・TVQ九州放送)が開局して以降、テレビ東京の業績が低迷したために既存局による1局2波も含めて系列放送局の新規開局を行っていない。これは、あえて自前で系列新局を開局させるよりも既存の地方局への番販で収入を得た方が適当との判断による。
また、BSデジタル放送局のBSジャパンやAT-X、日経CNBCといった関連局が開局したことにより、全国展開は完了したとの判断が一時なされた(ただし、その際、プロ野球やJリーグ取材のために宮城・静岡・広島の各県に常駐取材拠点を置きたいという希望を表明していた)。
2004年8月5日に東京証券取引所市場第1部に在京キー局のテレビ局としては最後(5番目)の株式上場を果たした(証券コード:9411)。初値は公開価格2,900円を上回る3,350円だった。
他の在京キー4局に比べて全体の視聴率が振るわないため、それを揶揄して視聴率の低い他局に対し「振り向けばそこにテレビ東京」といわれることもある。ただし、60代以上の主婦層、アニメファン、個人投資家、ファッション好き、旅行好き、釣り好き、レース好きなど、あえて扱う分野を明確化してターゲットを絞った番組編成から「視聴率は最下位で、固定客数は最上位」と評されている。
このような特定層に向けた番組編成はスポンサーにとって広告波及効果が高いと評価され、1990年代後半からは他局も追随するようになった(TBS系の「王様のブランチ」など)。また、結果的に「視聴率無関係」な編成傾向や経済番組の多さ(後述)から時折「民放のNHK」と称されることもある。現在は、年4回の改編期における番組の改編率が高く、大幅に変更される。
最近では、『いい旅・夢気分』や『土曜スペシャル』などサラリーマンや中高年層を主力とする番組で他の在京キー局と遜色のない視聴率を上げる番組が増えて来ており、他の在京キー局のOLや若年層を主力とした裏番組を放送時間帯の移動や打ち切りに追い込むこともある。
しかし、テレビ東京の主軸コンテンツのアニメ番組は他局同様、今日の少子化の影響もあってか全般に低落傾向にあり、その他の番組でもリニューアルや枠移転などを繰り返して全体平均視聴率の向上に努めているが、今でも目立った実績は挙げていない。なお、TXNの番組の打ち切りは、契約上の関係から不祥事などを除き行っていない。
沿革 [編集]
設立前 [編集]
* 1964年(昭和39年)4月12日 - 科学技術学園工業高等学校が開校し、授業放送(科学テレビ)を開始。
午前11時30分よりテストパターンにベートーベンの交響曲第9番「合唱」の第4楽章全曲の音声を流し、局名が「東京12チャンネル」ということもあって、正午から放送開始した。当初は朝日新聞ニュースも放送していた。
* 1968年(昭和43年)3月28日 - カラー放送を開始(東京地区では5番目)。
設立後 [編集]
* 1968年(昭和43年)7月1日 - 株式会社東京12チャンネルプロダクションを設立(この年月日が株式会社としての創立日とされている)。
* 1969年(昭和44年)10月27日 - 株式会社日本経済新聞社が財団法人日本科学技術振興財団テレビ事業本部の運営を引き受ける。
* 1969年(昭和44年)11月1日 - 株式会社東京12チャンネルプロダクション増資(資本金10億円→20億円)。
株式会社日本経済新聞社6億円、日本生命グループ4億円。なお日本生命グループは翌1970年7月に資本を引き上げる。
* 1973年(昭和48年)10月1日 - 商号を株式会社東京12チャンネルに変更。財団法人日本科学技術振興財団から放送事業を譲り受ける。
* 1973年(昭和48年)11月1日 - 総合放送局に移行。
* 1978年(昭和53年)12月25日 - 標準テレビジョン音声多重放送を開始。
2か国語放送第1号は「音声多重放送開始の案内」。ステレオ放送第1号は同日からスタートした「パイオニア・ステレオ音楽館」(番組開始当初からCMもステレオ音声)。
* 1981年(昭和56年)10月1日 - 商号を株式会社テレビ東京に変更。
* 1983年(昭和58年)2月 - 最新鋭の自動番組制御装置(APS-II、NEC製)のマスターが完成、更新。
* 1985年(昭和60年)12月12日 - 日本経済新聞社の出資により、虎ノ門に建設された「日経電波会館」に移転(現在も社屋は日経が保有)。これと同時に芝公園の旧社屋はテレビ東京スタジオセンター(芝公園スタジオ→東京タワー芝公園スタジオ→東京タワースタジオ)となる。
* 1989年(平成元年)4月1日 - ネットワーク名を「TXN」に変更、同時にTXを正式に略称とする。
* 1993年(平成5年) - 開局30周年を機に制作(・著作)クレジットも従来の「テレビ東京」のロゴの前にキスマークを模した赤の丸の下に当時のキャッチコピーの「チュッ!」が入ったクレジットが付けられていたほか、「テレビ東京」のロゴの上に赤字で小さく「30th Anniversary」と付けられていた時期もあった。なお、番組によっては白一色あるいは黒一色のクレジットを使用していた。ロゴマークが変更されるまで、このクレジットだった。
* 1996年(平成8年)10月1日 - 標準テレビジョンデータ多重放送(ITビジョン)を開始(-2003年12月26日)。
* 1997年(平成9年)12月 - CS有料放送「アニメシアター・エックス (AT-X)」放送開始。
* 1998年(平成10年)10月1日 - 開局35周年を機にロゴマークを一新。
* 1999年(平成11年)12月12日 - 天王洲スタジオの運用開始。
* 2000年(平成12年)6月 - 子会社エー・ティ・エックスを設立し、AT-X事業を移管。
* 2000年(平成12年)12月1日 - BSデジタル放送局「BSジャパン」開局。
地上波放送番組のうちニュースなどの生放送番組や一部のバラエティ番組などがハイビジョンで放送されるようになる(BSデジタルの送出マスターは東芝製品を使用)。
* 2003年(平成15年)6月25日 - 英文社名をTelevision Tokyo Channel 12,Ltd.からTV TOKYO Corporationに変更。
* 2003年(平成15年)12月1日 - 地上デジタルテレビジョン放送の本放送を開始。
* 2004年(平成16年)3月22日 - デジタル・アナログ統合マスター(NEC製)の運用開始。
これにより地上デジタルテレビジョン放送もハイビジョンで放送されるようになった(それ以前はほぼすべての時間帯が4:3標準画面のアップコンバートによる放送で、ハイビジョン映像はBSジャパンでしか視聴できなかった)。また、提供クレジットの文字フォントもBSジャパンと同じ仕様に変更された。
* 2004年(平成16年)4月12日 - 開局40周年記念日
* 2005年(平成17年)12月12日 - 公式アニメサイトを「アニメエクスプレス」から「あにてれ」へリニューアル(公式では同日12時12分12秒頃に行ったと発表)。ドメインも分け、総合アニメサイトを目指す。
* 2006年(平成18年)4月1日 - 地上デジタルテレビジョンワンセグの本放送を開始。
* 2006年(平成18年)5月7日 - 東京ドームでの巨人主催試合を開局以来初めて中継した(対ヤクルト戦)。
* 2007年(平成19年)5月31日 - この日行われた定例会見で、菅谷定彦社長(現:会長)が2011年7月24日の地上デジタル放送全面移行後のネットワーク拡大構想を明らかにした(詳細)
* 2007年(平成19年)7月7日 - 「テレビ東京ネットワーク七夕祭り」が放送される。2011年までの5年間(予定)で特別番組を放送し、テレビ東京のリモコンキーIDである「7」をPRする。
* 2008年(平成20年)7月1日 - 番組冒頭およびCM明けに「TV TOKYO 7ch digital」と画面上に表示(主に夜間の主要番組。このようなことはテレビ朝日でも行われているがいつも同じ映像ではない)。データ放送では7月の1か月間のみ「デジタル7チャンBINGO」を実施。また、開局45周年を機に制作(・著作)クレジットも従来の「TV TOKYO」から「TV TOKYO 7ch デジタル」に変更。TV TOKYOの局ロゴの右側に赤と青の2色カラーの円内に白抜きの「7ch」の文字が入り、その円の下側に青文字の「デジタル」の文字が入ったクレジット。なお、番組によっては白一色あるいは黒一色のクレジットを使用している。地上デジタル放送のリモコンキーIDを制作・著作クレジットに入れたのは在京キー局では初。なお、2009年2月現在、開運!なんでも鑑定団など一部の番組では旧制作・著作クレジット(TV TOKYO)のままである。また、テレビ東京と同日から同じTXN系列のテレビ大阪が制作・著作クレジットにからリモコンキーID「7」を入れている。
* 2008年(平成20年)7月7日 - 公式アニメサイト「あにてれ」を同日7時7分7秒に一新。
* 2009年(平成21年)1月12日 - 民放テレビ局全局のアナログ放送において「アナログ」のウォーターマークの表示を同時実施。
* 2009年(平成21年)4月12日- 開局45周年記念日
ネットワーク構築の歴史 [編集]
* 1969年(昭和44年)10月1日 - 毎日放送・中京テレビとネットを構築。
※番組制作会社「東京12チャンネルプロダクション」が設立されたことにより初めて構築できた(当時両局は同じ教育専門だった日本教育テレビ(中京テレビは日本テレビとの変則で)とのネットワークが組まれており、事実上のクロスネットだった)。因みに、日本科学技術振興財団テレビ事業本部のみの時代は関東広域独立局という位置付けだった。
* 1973年(昭和48年)11月1日 - 東京12チャンネルが民間放送として開局し、同局がキー局となる。
* 1975年(昭和50年)3月31日 - 朝日放送との腸捻転解消により毎日放送とのネットを解消。近畿放送・サンテレビと番販ネットを組む。
* 1982年(昭和57年)3月1日 - 初の系列局・テレビ大阪開局に伴いメガTONネットワークを設立。近畿放送・サンテレビジョンから移行(大阪府のみ)。
* 1983年(昭和58年)9月1日 - テレビ愛知が開局。中京テレビから移行(愛知県のみ)。メガTONネットワーク(現:TXN)は一応の完成を見る。
* 1985年(昭和60年)10月1日 - 初の地方マストバイ局であるテレビせとうちが開局。
* 1989年(平成元年)10月1日 - テレビ北海道が開局。
* 1991年(平成3年)4月1日 - TVQ九州放送(当時:ティー・エックス・エヌ九州)が開局し、TXNの日本縦貫ネットワークが完成。
ネットワーク拡大構想 [編集]
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ウィキニュース
ウィキニュースに関連記事があります。
* テレビ東京、完全デジタル化をにらみ新局開局構想を明らかに
先述の2007年5月31日での菅谷社長(当時)の定例会見に於いて、以下の構想が発表された。
1. 宮城・広島両県への系列新局開局
2. 静岡県への系列新局開局、もしくはテレビ愛知の放送エリア拡大
3. テレビ大阪の放送エリアを京都府・兵庫県に拡大(テレビ大阪の項も参照)
本格的な地デジ時代を睨んだ戦略ではあるといえるが、地上デジタル放送への設備投資で経営体力の消耗を強いられる既存局からの抵抗も予想され実現には紆余曲折が予想される。特にテレビ大阪に関しては開局計画時の広域局構想が特に独立UHF局からの猛反対で頓挫した経緯がある。ただし、テレビ愛知ではGBSとMTVの反対は特に受けていない。平成20年6月20日のテレビ東京第40回定時株主総会の概要に書いてあるが、問14の「見られるエリアをどう増やしていくか?」との問いに、会社側は「ネットワーク局を増やすことも選択肢の一つだが、現在の経営環境では厳しい。」と回答した。また、テレビ東京系列がない地域では地方支局を持たない。
スタジオ [編集]
虎ノ門本社 [編集]
* 第1スタジオ(200坪) - 歌番組などの大型が番組が主体。日本作詩大賞(11月最終日曜日)、ペット大集合!ポチたまなど。
* 第2スタジオ(140坪) - 情報・バラエティ番組が主体。おはスタ、レディス4など。
※かつては、「ギルガメッシュないと」や「平成女学園」、「土居まさるのハッピーTODAY!」、「土居まさるの元気通信」、「朝はビタミン!」、「E子のランチタイム」なども収録および生放送されていた。
* 第3スタジオ(70坪) - 報道系ワイド番組専用スタジオ。ニュースモーニングサテライト、E morning、NEWS FINE、ワールドビジネスサテライト、メガスポ!、こちら経済編集長(BSジャパン)。
* 第4スタジオ(35坪) - 定時ニュース専用スタジオ。ニュースブレイク、TXNニュース。
スタジオ数、面積や運用形態は芝公園の旧社屋を大方踏襲したものとなっており、基本的に第1・2スタジオが汎用スタジオとして使われ、第1はパッケージが中心、第2は平日の帯番組や小規模収録番組が中心の運用となっている。また、報道局に隣接する格好の第3・4スタジオは報道番組およびスポーツニュースが中心の運用となっている。
余談であるが、以前の第3スタジオでは情報系番組の生放送や収録が行われていたこともあった。
そして第4スタジオは運用開始当初報道局側に壁のないオープンスタイルだったが、諸事情により現在は完全密閉型のスタジオへ改装された。
第4スタジオについては当初サブを持たず、第3副調整室(3サブ)が第3スタジオと第4スタジオを駆動する形式だった。その後一旦第4副調整室(4サブ)が整備されるも報道フロアが手狭になったことから4サブを廃止・撤収し、再び3サブで3スタと4スタを駆動する形に改められた。
3サブ内にはCG制作室が併設され、4サブは報道VTR編集室に改装されている。
2008年秋改編以降の4スタは、株式ニュースがワイド番組化されたことに伴い3スタへ集約されたこともあり、短時間の定時ニュースや臨時運用が中心となっている。
いずれのスタジオもハイビジョン対応で、SD(従来の標準画質)収録番組も混在している。因みに、地上デジタル放送開始前の2003年6月の時点でも既に全番組の3割がハイビジョンで制作されている。
なお、虎ノ門本社の全スタジオ設備のハイビジョン化については、系列BS局であるBSジャパン(2000年12月開局)が地上波とのサイマル番組をハイビジョンで放送することを目的として、他の在京民放キー局に先駆けて整備したものであり、その後の地上デジタル放送にも対応している。下記の天王洲スタジオも同様である。
天王洲スタジオ [編集]
東京都品川区東品川一丁目3番3号に所在する天王洲スタジオには2つのスタジオがあり、1999年12月12日の運用開始当初からハイビジョンに対応している。バラエティ番組ではゲストの多い公開番組の収録や生放送を行っているほか、他局への貸し出しも行っている。
同スタジオと同じ敷地内にマンション「てれとハイム」が併設されており、「職住接近」の環境ができ上がっている。しかし、実際ここに居を構えるテレビ東京の社員は数えるほどともいわれている。なお、建物自体は関連会社の「テレビ東京建物」が管理している。
* 第1スタジオ(250坪) - 歌番組などの大型番組が主体。開運!なんでも鑑定団など。
* 第2スタジオ(150坪) - 情報・バラエティ番組が主体。出没!アド街ック天国など。
外部スタジオ [編集]
* 日経スタジオ − 日本経済新聞社本社に所有。E morning 11など
など
その他 [編集]
* ロケーション番組となっている『いい旅・夢気分』や『ココリコミリオン家族』も全編ハイビジョン制作となっている。
* かつての本社屋である「芝公園スタジオ」は、現在は日本電波塔が管理し、関連会社テクノマックスが運営している。運営会社は変わったが、同社の番組は今でも多く制作されている。なお、同所の建物自体は元々日本電波塔の所有物であり、テレビ東京が賃借して使用していた。詳細は「東京タワースタジオ」の項を参照のこと。
* 送出マスターは虎ノ門本社にあり、地上デジタル・アナログ統合マスターがあるほか、BSデジタル放送局であるBSジャパンの送出マスター設備も同じ虎ノ門本社にある。
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